ホスピスナースは今日も行く
アメリカ在住日本人ナースが、ホスピスで出会った普通の人々の素敵な人生をおすそわけします。
タフガイの苦悩 (2)
 ビルさんは食欲もあり、夕食はいつも奥さんと一緒に長い廊下を歩き、エレベーターに乗り、また歩いて、ダイニングルームまで行っていました。ビルさん達が住んでいるリタイアメントコミュニティーは、広い敷地内に三翼5階建てのアパートメントビルディング(日本でいうマンション)が六棟あり、すべての棟が渡り廊下でつながっていました。一周すると2km以上あり、それだけでも62歳以上の入居者達にとっては結構な運動になります。そして、長い廊下には所々にベンチが置いてあり、入居者や訪問者が休憩できるようになっていました。それぞれの棟にバーやちょっとしたレストランのようなダイニングルームがあり、そこまで行けない人は自分のアパートまでデリバリーを頼むこともできました。社交的なビルさん夫妻は、必ずダイニングルームに行き、他の入居者達と交流するのをとても楽しんでいました。しかし、ビルさんはだんだん長く歩くと息切れがするようになり、アパートの部屋から出る時は不本意ながら、座れるシート付の歩行器を使うようになりました。
 ビルさんは自分の薬は自分で管理していました。彼はとても理論的、現実的で、自分の体のこともきちんと理解して状況を把握しておきたがりました。そして、彼の主な質問は、ミルリノンはいつまで効果があるのか、これからどんな症状が出てくるのか、ミルリノンをやめたらどうなるのか、やめなかったらどうなるのか、という事でした。また、不眠のほうも相変わらず眠れたり眠れなかったりで、私も訪問の度に薬を調整したり、リラクゼーションやアロマセラピーなど、あの手この手で知恵を絞ったのですが、ちょうどよい快適な睡眠は、週の半分もあればよいほうでした。私は、もしかすると心理的なもの、言葉や態度には出さない不安が影響しているのではないかと思い、ソーシャルワーカーのキンバリーやチャプレンにも相談しました。キンバリーも同様の印象を受けており、彼女の訪問時にチャプレンの訪問をさりげなく勧めたのですが、奥さんは賛成だったのに対し、ビルさんはすっぱりと断りました。そこで、私はアプローチを変え、毎回さりげなくビルさんの過去について質問するようにしました。特に警官時代の話は奥さんも知らなかった逸話などもこぼれたりして、一緒に笑ったり、驚いたり、呆れたり、憤ったりしながら、少しずつビルさんと言う人を知っていったのです。同時に、それは彼自身のlife review、つまり、人生を振り返るプロセスにもなっていました。様々な危険を切り抜け、人間や社会の闇の部分をいやと言うほど見ながら、強く、正しく生きてきたビルさんにとって、そんな自分自身の死を受け入れる事は、敗北を認めるようで口惜しかったのかもしれません。
 ビルさんは少しずつ体重が増え、両足に浮腫がでて、室内を歩くだけでも息切れがするようになりました。明らかにうっ血性心不全の症状で、私はビルさんの主治医に連絡し、3日間だけ利尿剤のブースター(促進剤)を処方することになりました。ただ、ビルさんの場合他の薬との兼ね合いがあり、利尿を促進することによる低血圧に気を付ける必要がありました。そして、その不安は杞憂では済まされず、浮腫は軽減し、息切れも改善したものの、起立時の低血圧によって眩暈が強くなってしまいました。全身の倦怠感も増強し、ビルさんは「これじゃふらふらして何もできやしないよ。あの薬(ブースター)は二度とごめんだな」と言い、思ったようにならない状態にイライラしていました。一週間ほど眩暈の状態を観察しましたが改善されなかった為、私は主治医と相談して薬を再検討し、眩暈の改善の為に新しく一つ処方したものの、いくつかの薬を中止、必要最小限まで減らしました。このエピソードから、ビルさんは改めて自分の心臓の状態を意識するようになり、“いつミルリノンをやめるか”について、頻回に口にするようになっていきました。特に、“ミルリノンをやめたらどれくらいで死ぬのか”と言う質問は、何度も繰り返されました。私はその度に自分の知る限りの事を、言葉を選びながらできるだけ正直に説明しました。「私が知っている限り、ホスピスの患者さんでミルリノンの点滴を使っていた人の殆どは、やめてから2、3日以内に亡くなっています。ただ、それも人それぞれであって、ごく稀ですが何週間か生きられた方もいます。それはもう、その人の心臓の状態と、生命力であって、なんとも言えないです。」ビルさんは、「つまり、どちらにしても、ミルリノンをやめたら死ぬんだね」と言い、私が頷くと、奥さんが「なんだか、まるで自殺みたいね」と呟きました。それを聞いてビルさんは、「ようするに、コードを引き抜くのと同じだな」と言いました。私はためらいながら、「そうかもしれないですね。でも、たとえミルリノンを続けたとしても、終わりは来るんです。ミルリノンがしているのは、たとえば、何千キロも走ってきて疲れ果てている馬に、更に鞭を当てて走らせ続けているようなものなんです。馬は疲れていても鞭を当てられれば走ります。でも、それにも限界はあって、いつか馬は走れなくなります。そう言うことなんです」と説明しました。二人はしばらく黙り込み、それからビルさんが「なるほどね。よくわかったよ」と言いました。
 一度退院前にミルリノンを中止し、その際に体験した身体的な辛さは、ビルさんがミルリノンの中止を躊躇している理由の一つでもありました。もちろん、大前提としての“ミルリノンの中止=死”は、未だにほぼ自立した生活を送れているビルさんにとって、そう簡単に受け入れられるものではありませんでした。そして、「まるで自殺みたいね」と言う奥さんの言葉は、その時点では確かに的を得ているように思えたのです。いつまで鞭を打ち続けるのか。まだ行ける、まだ行ける。どうせいつか止まるなら、それまで走り続けてやろうじゃないか。そんな、ビルさんの呟きが聞こえたような気がして、私は彼の葛藤にとことん付き合おう、ビルさんが心の底から納得して答えを出すその時まで、一緒に走っていこう、と思ったのです。タフガイの苦悩(3)に続く。
 
スポンサーサイト
[2017/08/19 20:45] | 忘れられない人々 | トラックバック(0) | コメント(0)
<<タフガイの苦悩 (3) | ホーム | タフガイの苦悩 (1)>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://gnaks.blog.fc2.com/tb.php/157-2ff2780b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
プロフィール

Author:ラプレツィオーサ伸子
アメリカ東海岸で在宅ホスピスナースをしています。アメリカ人の夫、子供3人、犬一匹と日々奮闘中。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

フリーエリア

フリーエリア

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR